日本大学大学院知的財産研究科

テロリズムとメディア報道 ~英米におけるテロ報道に関する制度の考察(2)

福田充教授の論文「テロリズムとメディア報道~英米におけるテロ報道に関する制度の考察」が日本民間放送連盟研究所の学術誌『海外調査情報』第11号に掲載されました。2015年1月に発生したイスラム国日本人人質テロ事件を受けて、テロリズムを報道するメディアの役割について国際的に検討した論文です。 2015年3月

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■メディアとテロリズムの「共生関係」

アメリカのランド研究所で長年テロリズム研究を行ってきた第一人者の一人であるブライアン・ジェンキンスが論文の中で「テロリズムは劇場である」(Jenkins,1975)と表現したのはすでに1975 年のことであった。テロリズムとは、テロリストの設定した劇場の中で「観衆=オーディエンス」を巻き込んで展開されるショーであり、それがメディアによって外部に中継されることでより幅広い「視聴者=オーディエンス」を得る構造は現在も変わっていない。

同じくアメリカのジョージタウン大学教授のブルース・ホフマンは、テロリズムについてその特徴について次のように述べている。「すべてのテロリスト・グループに共通する特徴がある。目的なく行動するものは誰もいないということだ。どのグループも、ひとつの行動で最大の宣伝効果を得ようとし、また力を見せつけることで、人を思いのまま動かし、目的を達成しようとする」(Hoffman, 1998)。

また、イギリスのテロリズム研究者、ポール・ウィルキンソンは「テロリズムは本質的に、より広い社会へ脅威が伝達されることに依存した心理的武器」(Wilkinson, 1997)であると述べている。

ウィルキンソンが指摘するテロリズムの4つの目的とは、①テロリストの行為を幅広く宣伝し、ターゲットとする集団の中に極度の恐怖心を起こさせること、②テロリストの目的の正当性や勝利の確実性について強調することにより、一般市民や国際社会の中に支援者を増やすこと、③テロに対抗するためのすべての施策は本質的に逆効果であると示唆することによって、政府や治安当局によるテロ対策を妨害すること、④現実のまたは潜在的な支持者を動員し、扇動すること、それによってメンバーを増やし、資金を集め、次のテロ活動を準備すること――である。つまり、テロリズムとは政治的目的をもって爆弾事件や人質事件を起こすことで世界からの注目を集め、メディア報道によって世界に報道されることで自分たちのメッセージを世界に宣伝、アピールし、敵対者の政策を変更させたり、社会に不安を引き起こして世論を混乱させたりすることを目的とした政治的コミュニケーションであるといえる。つまり、テロリストにとって、テロリズムの目的を達成するためには、メディア報道が非常に重要な役割を果たすのである。アメリカでテロリズムを研究した歴史学者、J・ボウヤー・ベルはこれをメディアとテロリズムの「共生関係」と呼んだ。テロリストがメディアを利用する実態を揶揄した表現、「撃つなアブドゥル!まだゴールデンタイムじゃない」(Bell, 1978)は、ボウヤー・ベルがその評論の中で使用した有名な言葉である。プロパガンダのためにメディア報道を利用したいと思うテロリストの思惑と、事件を詳細に報道したいというジャーナリズムの社会的責任が合致して、テロリズムの効果はメディア報道により達成される。

イギリスのマーガレット・サッチャー首相はIRA(アイルランド共和国軍)との闘争の中で、「メディアはテロリストやハイジャッカーにパブリシティの酸素を供給するもの」(ニューヨーク・タイムズ1985 年6 月16 日付)としてメディア批判を展開したが、このようにテロリズムにおいてメディア報道は規制されるべきとする考え方は「メディア報道管制論」と呼ばれる(福田,2009)。

 

■政府とメディアの関係

このメディア報道管制論のように、テロリズムなど危機事態における政府とメディアの関係が欧米では危機管理上、問題視されてきた。アレックス・シュミッドによれば、メディアの完全な自由報道が保証される自由放任主義以外には、危機事態における政府とメディアの関係には次の3つが考えられる(Schmid, 1989)。①政府による検閲、②政府とメディアの調整、③メディア内部の自主規制である。①政府による検閲は、第2次世界大戦中に世界各国で多くの国が採用し、メディアの戦争報道は事前検閲された。それは戦前の日本だけの問題ではない。しかし現代の民主主義国家において、表現の自由や報道の自由が確立された国家では、この政府による検閲は許されない。現代において政府による検閲が残っている国家は北朝鮮や中国など一部の社会主義国などに限られる。

それに対し、②政府とメディアの調整にあてはまるのは、DA ノーティスという特殊な制度を持つイギリスである。DA ノーティスは戦争やテロリズムなど安全保障の問題に関して、政府とメディアが定期的に報道の問題を議論し、調整するシステムである。また③メディア内部の自主規制は多くの国が該当するシステムであるが、その代表例はアメリカである。アメリカでは、第2次世界大戦後も朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争など数多くの戦争を経験し、テロリズムに関してもイラン米大使館人質事件や911 米同時多発テロ事件など数多くのテロ事件を経験してきた。その間に、メディアと政府は数多くの対立を経験し、それを克服してきた。その過程において、メディア内部で自主規制のガイドラインが形成されてきたのである。

 

■イギリスのDAノーティス

DA ノーティス(Defence Advisory Notice)は、1912 年に始まったD ノーティスを起源としており、イギリスにおける戦争やテロリズムなど安全保障に関連するさまざまなメディア報道について、政府機関の代表とメディアの代表とからなる「DPBAC( Defence, Press and Broadcasting Advisory Committee)」が、問題となりうる報道を事前に検討する制度である。1993年にDPBAC によってDA ノーティスと改組された。2000 年5月には、DA ノーティスが対象とする報道問題が以下の5項目と設定されている。

①軍の作戦、計画および能力

②核兵器、通常兵器および装備

③暗号、通信の安全

④特定施設の場所

⑤イギリスの国防、諜報機関および特殊部隊テロリズムに関する軍の作戦や能力、諜報機関や特殊部隊、暗号や通信、特定施設に関する情報

は、すべてこのDA ノーティスで検討すべき対象となる。DPBAC に参加する組織は、政府側からは内務省、国防省、陸海空軍など、メディアからはガーディアンやデイリー・メイルなどの新聞社、BBC やスカイニュースなどのテレビ局、通信社、出版業界やネット業界からの代表などである。イギリスには国家機密や国家の安全保障に関する情報を保全するための「公務機密法(Official Secrets Act 1989)」が整備されており、それに違反した報道機関や記者は処罰の対象となる。よって、イギリスのメディアが報道においてテロリズムや戦争について扱う際、この公務機密法に抵触しないかどうかを事前に確認できる制度がこのDAノーティスであり、このDPBAC において下された決定に基づいて、各メディアに対しアドバイスや指導を行う。これはあくまでも形式上自発的なシステムであって、このDPBAC での決定、アドバイスには法的拘束力はない。政府が法的強制力をもってマスメディアの活動を規制するのではなく、DPBAC の勧告を受けたマスメディアが公益に配慮して自主的に報道を控えるという形式をとる(福田,2009)。

例えば、公共放送局BBC は、独自の報道ガイドラインを作成している。「編集ガイドライン(Editorial Guidelines)」と名づけられた報道ガイドラインは定期的に更新され、冊子としても局内外で発行され、ネット上でも公開されている。このBBC の編集ガイドラインの中には報道に関する多様な項目が網羅されているが、その中にはテロリズムや戦争の報道に関する項目も詳細に整備されている。例えば、「戦争、テロと緊急事態」の章では、テロリズム、2000 年テロリズム法、脅威といたずら、舞台設定されたイベント、ハイジャック・誘拐・人質拉致などテロリズムに関する詳細なガイドラインが構築されている。BBC に関しては、協定書第8条に戦争やテロ事件などの国家安全保障に関わる問題に関する放送の規制について、BBC への放送命令(放送禁止命令)

および施設設備の接収等に関する規定もある。BBC においては、テロ事件などの国家安全保障問題に関わる情報に触れる放送は、番組の制作過程で「DEP(Director Editorial Policy)」の判断を仰がなくてはならない。DEP とは編集方針課にいる最高の役職であり、BBC 内で生じるこの種の問題は全てここに集約され、高度な問題をはらんでいる場合には、このDEP が、DPBAC の事務局長にアクセスし、DA ノーティスにかけられる。

イギリスでは商業放送もBBC と同様に報道ガイドラインを持っている。「1990 年放送法(Broadcasting Act 1990)」における第6条「被免許放送事業に関する一般的条件」と、第7条「番組のための一般的基準」の規定に基づいて、ITC は、その放送の指針となる綱領を作成し、適宜改訂することが義務付けられている。「ITC 番組綱領(Programme Code)」では、5章が「テロリズム、犯罪、反社会的行動など」という項目に充てられている。6章の3節では「公務機密法およびDA ノーティス」について触れられている(福田,2005)。このDA ノーティスにおいて問題となった事例は数多くあるが、その中でも80 年代のスパイキャッチャー事件やプライム事件などの報道問題が有名である。ただし、DA ノーティスによって秘匿された問題も多く、それらは公開されないため詳細な実態は把握されていない。このように、イギリスのように政府とメディアがテロリズムの報道に関して協議するシステムは、「協調・討議型モデル」と呼ぶことができる。

 

■アメリカの自主規制モデル

アメリカにおけるメディアの取材活動や報道はいくつかの法律による規制以外は原則自由である。2001 年の米同時多発テロ事件では、直後の10 月にアルカイダがオサマ・ビン・ラディンの声明ビデオを発表した。そのビデオが全米のテレビニュースによって放送された。その際、当時のブッシュ政権のコンドリーザ・ライス国家安全保障担当大統領補佐官が主要テレビ局に対して、アルカイダの声明を放送することを自粛要請した。NBC,CBS,ABC,FOX,CNN の主要5局に対する電話要請であった。これは検閲や報道規制ではなく、あくまでも要請であって対応はテレビ局側に委ねられているという論理である。またブッシュ政権は、アシュクロフト司法長官によるメモランダム(指示書)によって、連邦政府機関に対して、「情報自由法(Freedom of Information Act)」に基づいた情報開示請求があってもなるべく情報開示しない方針を指示した(福田,2010)。

この情報自由法は1966 年に制定され、一部の例外を除いて国民の誰もが連邦政府に対して行政記録の開示を要求することができる。しかしこの情報自由法には9つの例外規定があり、一番目の例外規定が、大統領によって定められた国防、外交政策における機密と指定されている。「国家の安全が許す限りにおいて」自由とする原則である。また同様に、議事公開法においても公開例外条項がある。他にも、アメリカには国家機密の保護を規定し、外国による諜報活動を禁止した「防諜法(Espionage Act)」や、CIA などの工作員に関する情報を保護する諜報員身元保護法などによって、メディア報道の自由と抵触する法規制が存在する。

アメリカの新聞社やテレビ局での報道は、こうした法規制を前提として報道の自由が認められている。アメリカのジャーナリズムは、ペンタゴン・ペーパー事件やジュディス・ミラー事件などの問題で常に政府と対立しながら、ときには法制度によって規制を受け、ときには法制度を改革するきっかけとなり、そうした政府とメディアの相互作用によって社会を運営するダイナミックな関係を維持している。こうした文化の中で、アメリカの新聞社やテレビ局には、テロリズムや戦争の報道に関する自主規制を定めた報道ガイドラインがある。社内の服務規程に関するものが中心であるが、しかしながらテロリズムや戦争を数多く経験してきたアメリカの新聞社やテレビ局には歴史の蓄積としてのガイドラインが構築されている。このように、アメリカにおける政府とメディアの関係は、「対立・克服型」と呼ぶことができる。

 

■日本はどうあるべきか

今回のイスラム国をめぐるテロリズムにおいても、世界各国でメディア報道の対応はわかれた。イスラム国がインターネットやソーシャル・メディアで拡散する動画に登場する人質の映像や、遺体などの残虐映像の扱いについても、アメリカでは大幅な編集を施さずそのまま放送したFOXと、画像処理や音声編集を施すなどそのまま放送することを自粛したCNN などテレビ局の中でも対応は分かれている。これこそ自主規制によるガイドラインにより多様性を保っているアメリカのジャーナリズムの特性を表している。また、「イスラム国」をどのように表記するかについても、「IS」、「ISIL」、「ISIS」など欧米各国のメディアによって対応は分かれたが、その対応にこそテロリズムとどのように向かい合うかという、メディアとしての姿勢が問われている。こうした議論の蓄積がある欧米のメディアの対応と、これまでの議論の蓄積のない日本のメディアの間には大きな格差がある。

政府とメディアの関係について、シュミッドの3類型でいうところの②政府とメディアの調整に該当するイギリス的な協調・調整型、③メディア内部の自主規制に該当するアメリカ的な対立・克服型のいずれかが、先進国における政府とメディアの関係の代表例であるが、日本のテロ報道、戦争報道のあり方はまだ全く定まっていない。日本にはイギリスのDA ノーティスのような制度も構築されていないし、かといってアメリカのような自主規制のガイドラインにおいてテロリズムや戦争に関する報道の項目が詳細に構築されているわけでもない。日本のメディア報道は、テロリズムの問題が発生する度に場当たり的に対応してきただけである。日本のメディア、ジャーナリズムはイギリス型を目指すのか、アメリカ型を目指すのか、または第三の道を探るのか、その議論をこれから始めなくてはならない。

 

※学術誌『海外調査情報』第11号掲載

(PDFはこちら 海外調査情報vol.11 福田充教授

【参考文献】

  • Bell, J. Bowyer (1975) Transnational Terror, AEI Press, US.
  • Bell J. Bowyer (1978) Terrorist Scripts and Live-action Spectaculars, Columbia Journalism Review,vol.17, no.1, p.50.
  • The DA-Notice System, http://www.dnotice.org.uk/
  • 福田充(2014)「ソーシャル・メディアの政治コミュニケーションと社会変動」『治安フォーラム』,第20 巻,11 号(2014 年11 月号),pp.28-36.
  • 福田充 (2012)「アラブの春と革命2.0~アラブ民主化革命におけるソーシャル・メディアの影響に関する考察」『国際情勢』,(財)国際情勢研究所紀要, No.82, 2012 年2月号, pp.351-365.
  • 福田充(2010)『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』慶應義塾大学出版会.
  • 福田充(2009)『メディアとテロリズム』新潮新書.
  • 福田充 (2007)「イスラムはどう語られたか?~国際テロ報道におけるイスラム解説の談話分析」『メディア・コミュニケーション』慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要,N0.57, pp.49-65.
  • 福田充 (2006)「グローバル・リスク社会を表象する国際テロ報道~2004 年スペイン列車爆破テロ事件を中心に」『メディア・コミュニケーション』慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要,N0.56, pp.109-128.
  • 福田充(2006)「テロリズムとマスコミ報道・メディア」,テロ対策を考える会『テロ対策入門』海外調査情報 Vol.11 亜紀書房,pp.63-90.
  • 福田充 (2005)「イギリスのDA ノーティスと報道規制~戦争、テロ等の国家安全保障におけるマスコミ報道規制の問題」『Sophia Journalism Studies』, Vol.1, pp.93-112.
  • Hoffman, Bruce (1998) Inside Terrorism, Victor Gollancz Inc., London. B.ホフマン(1999)『テロリズム~正義という名の邪悪な殺戮』上野元美訳,原書房.
  • Jenkins, B.M.(1975) International Terrorism : A New Mode of Conflict. David Carlton & Carlo Schaerf(eds.) International Terrorism and World Security. London Croom Helm.
  • Schmid,A.P.(1984) Political terrorism: A research guide to concepts, theories, data bases, and literature.Amsterdam: North-Holland.
  • Schmid,A.P. (1989) Terrorism and the media: The ethics of publicity. Journalism of Terrorism and Political Violence. Vol.1, 539-565.
  • Wilkinson, P. (1997) The media and the terrorism: the reassessment, Terrorism and Political Violence,Vol.9, No.2, 51-64. P.ウィルキンソン(1997)「メディアとテロリズム」,田中俊恵訳,『警察学論集』第50 巻,第3号,pp.13-34.

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福田 充(ふくだ みつる)

1969(昭和44)年生まれ。コロンビア大学客員研究員を経て、日本大学大学院新聞学研究科教授。博士(政治学)。東京大学大学院・博士課程単位取得退学。専門はテロや災害などメディアの危機管理。内閣官房等でテロ対策や危機管理関連の委員を歴任。著書に『メディアとテロリズム』 (新潮新書) 、『大震災とメディア~東日本大震災の教訓』(北樹出版)などがある。

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